ブックメーカーライブベット教科書の編集を終えて

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    「ブックメーカーライブベット教科書」を書き上げた。上巻と下巻に分けてある。何ヶ月かかったろうか・・。他の方がどんな方法でベットしているのかは全く知らないけれど、自分なりに満足の出来るものに仕上がったと思う。
     
    完璧を目指して作っていてはいつまで経っても終わらない。
    ブッ クメーカーは投資の中のリスクヘッジになり得ると思う。EAは調子のいいときと悪いときがある。裁量トレードはチャンスを逃すことがある。ブックメーカーは自分の都合に合わせて淡々とベットし続けられる。ただ、わたしが手法を公開したからと言って、みんなが勝てるわけでもない。やはり経験が必要だ。裁量トレードと同じく身体で覚えるレベルまで経験を積まなければならない。
     
    思えば、小学校の時に麻雀を覚え、中学ではパチンコ通い、高校になっておきまりのごとく家出をしたが、その時はパチンコで生活費を稼いでいた。3畳一間の部屋も借りた。布団はなかったので毎晩友達に借りた寝袋で寝た。雀荘では高校生はわたしをメンバーに入れてくれないことが多くなったので、社会人の人たちとよく打った。電電公社の職員、機械メーカーの人、大手自動車会社のセールスマン、船員、競輪選手、洋装店の主人、銀行員、喫茶店のママ、ゲイボーイ、・・。昭和のことだ。懐かしい。
     
    競輪競馬、花札、サイコロ、毎日が博打三昧だった若い頃。わたしが初めてパソコンを買ったのは、計算をしたかったからだ。macのperforma275 だったと思う。保管していた過去のスポーツ新聞の競輪に関する結果を全て書き出した。それを分類し、あるパターンの時に必ず利益になるものをみつけた。まだインターネットが普及していなかった頃だ。パソコン通信から時代はインターネットに変わり、はじめてホームページなるものを作って、全国の競輪ファンとの交流が始まる。よく深夜に電話がかかっ てきた。関東だったり、九州だったり。わたしが遠出が出来ないので、遠くから色々な人が訪ねてきてくれた。その筋の人とも友達になった。彼は何故かわたしにとても親切だった。競輪のデータを頻繁にファックスで送ってきてくれた。ある人は定職に就き、ある人は競輪関係の仕事に入り、ある人は家業を継ぎ、ある人は逮捕された。愉しからんや。愉しからんや。
     
    それなりに必勝法を探し続けた。誰かに伝え残すことの出来る必勝法を。でも、わたしが使えば勝てる方法でも、使う人が異なると結果が違うことに気づいた。長嶋選手のバットを貰ったとしても、みんなが、9回裏にさよならヒットを打てるわけではないということだ。結局、博打は自分がするしかない。それは、少しだけ寂しい事実だった。
     
    今回、ブックメーカー投資のための方法論を書き上げたが、カジノでは使えないものだろうかと、ふと思う。わたしは日本の博打は知らないものは多分ないが、カジノは全くの不案内である。一度、インターネットのカジノを経験してみたいと思う。その中でエッジのある方法が見つかれば、また公開したいと思っている。
     
    自分が得たものは必要とする人に公開したい。それで、全ての人が勝つとは思わないが、何かのヒントになればそれでいい。
    人生はいつまでも続くものではない。子どものままで、正邪善悪を捨て、答えを求めず、愉しみたいと切に願う。
     

     

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